PICK UP!

Dr.大関の複眼インタビュー連載:腸脛靭帯炎【マラソンランナー・谷川真理さん】

谷川さん記事写真1

月刊スポーツメディスン・連載ハイライト
連載 Dr.大関の複眼インタビュー ――スポーツメディスン・プロフェッショナルとの対談2ー より引用・要約
協力:月刊スポーツメディスン編集部:編集工房ソシエタス
 
対談:谷川真理 マラソンランナー、スポーツコメンテーター
インタビュアー:大関信武 一般社団法人日本スポーツ医学検定機構代表理事、東京医科歯科大学再生医療研究センター
企画:日本スポーツ医学検定機構

 

マラソンとの出会い

 

大関:本日はよろしくお願いいたします。谷川真理さんの経歴は、1991 年東京国際女子マラソン優勝、1992 年ゴールドコーストマラソン優勝、1994 年パリマラソン優勝など、輝かしい成績を残しています。

 

さらに1992 年には『東京都都民文化栄誉章』『朝日スポーツ賞』を受賞し、2009 年には『外務大臣表彰』を受賞されています。

朝日スポーツ賞のこれまでの受賞者には、イチロー選手、羽生結弦選手、室伏広治選手、北島康介選手、吉田沙保里選手、伊調馨選手、中田英寿選手などが名前を連ねています。

昨年はラグビーW 杯の日本代表チームも受賞しました。

 

谷川:詳しくお調べいただいてありがとうございます。

 

大関:それでは、これより谷川さんのこれまでのマラソン人生について、またこれまでのケガの経験などについておうかがいしていきたいと思います。

 

今回、谷川さんの著書『走る理由―谷川真理のランニング哲学』(ランナーズ)を読ませていただきましたが、専門学校卒業後は大手町でOL をされていて、ちょっとしたキッカケで皇居ランニングを始めたことから本格的なマラソン人生がスタートしたそうですね。

 

谷川:そうなんです。じつは普通のOL だったんです(笑)

 

大関:普通のOL さんがマラソンで世界のトップランナーになるというのは、とても稀なことかと思いますが、陸上を始められたきっかけは何ですか?

 

谷川:もともと走るのが速かったんですよ。それで中学で陸上部に入りました。ですが、練習がとても厳しかったので辞めてしまったのです。しかし、途中で辞めてしまったことで、とても悔いが残ってしまったので、途中で辞めてしまった陸上を3 年間継続するということを目標にあらためて高校で陸上部に入部しました。

 

案の定、毎日練習は厳しくて、しかも部活中には水を飲むなという忍耐や根性論の時代でしたから(笑)。真夏の炎天下のなか、水を飲むのを我慢して走るというのは非常に厳しかったですね。

 

大関:陸上部では長距離をされていたのですか?

 

 

 

 

谷川:当時、高校総体の女子の種目で一番長い距離が800m でしたので、中距離をやっていたことになります。現在は3000m などもありますので、時代を感じますね(笑)。

 

陸上部の先生に「大学か実業団に行ってマラソンをやれ」と言っていただきましたが、とりあえず3 年間継続することが目標でそこまでやる気がなかったので、800m で関東大会出場という結果を残しただけで高校卒業とともに陸上も辞めました。

 

高校卒業後は専門学校に2年通い、専門学校卒業後は大手町の一般企業でOL をしてごく普通の生活を送っていましたが、ある日同僚と昼休みにランチをとたまたま皇居を通ったらたくさんの市民ランナーが走っていたんです。

 

「こんなにたくさんの人がとても楽しそうに走ってる!」と衝撃を受け、私も走ってみようと思ったのがきっかけです。

 

大関:すごいですね、OL 時代の皇居ランニングがきっかけですか。しかも、それだけのブランクがあって……。

 

谷川:6 年くらいはブランクがありましたね。とはいえ、その間にはサーフィン、スケートボード、ローラースケートなどありとあらゆる運動を楽しんでいたので走る筋肉とは違う筋肉を鍛えられていて、それはそれでよかったなと思っています。

 

それにOL 生活をエンジョイして、そこで社会勉強もできました。ブランクがあったからこそ24 歳で再び走る喜びに出会ったときには、あらためて「走るっていいな!」と感激でき、高校までの自分とは違い『自分から走りたいという前向きな気持ち』で走り始めたのでとてもよかったですね。

 

 

トップランナーへ、そして初めての故障

 

大関:その皇居ランニングがきっかけとなり、マラソン大会に出場するようになったのですね。

 

谷川:そうですね。練習を重ねるにつれ速く走れるようになっている実感がありました。そんなとき、男性ランナーの方から「いいペースで走っているね」と声をかけてもらったんです。さらにその方から『都民マラソン(東京マラソンの前身の大会)で日本人トップになればシドニーのマラソン大会に派遣させてもらえる』という話を聞いたのです。

 

それで「よし!絶対シドニーに行こう!」と心に決めて、その翌日から皇居を2 周(10 キロ)走るようにしてさらに走力アップできましたね。

 

大関:そして都民マラソンで優勝!優勝を機に、1990 年資生堂実業団に行かれましたね。

 

谷川:資生堂の企業イメージがよかったですし、銀座にあるということもよかったので入社を決めました(笑)。でも一番のポイントは“陸上の練習を自由にさせてくれる”ところでした。

 

私は、監督やコーチに管理されるのではなく、自分で練習やトレーニングを組み立てたかったので「自由にやってください」と言ってくれた資生堂はとても魅力的でした。

 

大関:谷川さんの座右の銘は「忍耐は苦しい、けれどもその実は甘い」ですよね。

 

谷川:この言葉は、都民マラソン出場に向けて走り込みをしていた頃、たまたま新宿の熊野神社にお参りに訪れた際に、『今月の言葉』という掲示にその言葉が書かれてありました。私にとって「その実は甘い」というのが、都民マラソンで優勝してシドニーへの招待。「忍耐は苦しい」 というのは苦しい練習を乗り越えないと、その実はつかめないのだとそう理解をして頑張りました。

 

大関:なるほど。ご自身で練習メニューを組んでやる以上、自分に厳しくないとやっていけない。忍耐は苦しいけれど、自分でかけた負荷に耐えて練習していたというのは、大変なことですね。

 

谷川:他人との競争ではなく自分と向き合う。最大のライバルは自分だと思いながら練習をやっていました。大事なことは自分に克つことです。

 

大関:1990 年資生堂実業団入社から本格的にマラソンを始めて、翌年の東京国際女子マラソンで優勝、1994 年パリマラソンでは大会新記録で優勝(2 時間27 分55 秒) など輝かしいキャリアを築き上げていた頃、アルバカーキ(アメリカ合衆国ニューメキシコ州)で高地トレーニングも始められましたね。

 

谷川:そうですね。アルバカーキは、最近ではいろいろな強豪チームや日本選手が合宿している場所ですが、日本人としては私が一番最初に合宿をした地でもあるのでとても思い入れがあります。

 

大関:そこで、さらに練習を積んでいた時期に、ケガをされたのですね。

 

谷川:そうですね。アトランタオリンピックの選考会を兼ねていた1995 年11 月の国際女子マラソンに照準を合わせ、8 月からアルバカーキに入りトレーニングをしていました。バルセロナオリンピックのときは補欠で悔しい思いをしたのでアトランタこそは!と、とにかくにハードな練習を重ねていました。

 

図1. 腸脛靭帯炎について(スポーツ医学検定公式テキストより引用)

 

しかし、3 カ月間の合宿の2 カ月目の頃に腸脛靱帯を傷めてしまったのです(図1)。朝起きて走ろうと思ったら、腸脛靱帯が痛い。階段が降りられないくらい痛い。初めての経験だっただけにその痛さに驚きました。それでも2 カ月くらいでだいぶよくなってきたのですが、今度は鵞足炎になってしまったのです(図2)。この頃は随分とケガで苦しんだ時期でした。

 

結局は翌年1 月の大阪国際女子マラソンにも間に合わず、3 月1 週目の最終選考会の名古屋国際女子マラソンにも間に合わなくて、ただ走るだけで終わってしまいましたね。

 

大関:アルバカーキにいながら腸脛靱帯炎で走れなかった間は、どのような治療をされていたのですか?

 

 

図2. 鵞足炎について(スポーツ医学検定公式テキストより引用)

 

谷川:持久力を落としたくなければ水泳をしなさいと日本にいた主治医の先生にご指示をいただき、翌日から毎日プールに行って60 分は泳いでいました。それだけ泳ぐと腕も肩もパンパン。30km 走や持久走をやったくらいプールから上がったときには本当にぐったりでしたね。それでも絶対に東京国際女子マラソンは走るんだという気持ちで頑張っていました。残念ながら間に合いませんでしたが。しかし、「怪我の功名」ではないですけれど、泳ぎが上手になりました(笑)。

 

→続きは月刊スポーツメディスン1月号187号

 

 

谷川真理(たにがわ・まり)
1962年生まれ。福岡県出身。流通経済大学客員教授。マラソンランナー、スポーツコメンテーター。マラソンで1991年東京国際女子マラソン優勝、1992年ゴールドコーストマラソン優勝、1994年パリマラソン優勝、札幌国際ハーフマラソン優勝などの成績を収める。平成4年朝日スポーツ賞受賞、東京都民文化栄誉章受賞*。平成21年度外務大臣表彰受賞(地雷廃絶活動に対して)。2000年にチャリティマラソンとして始まった谷川真理ハーフマラソンは、現在ハイテクハーフマラソンとして、毎年約1万人の市民ランナーを集める人気のマラソン大会となっている(2017年1月8日、東京都荒川河川敷で開催)。
谷川真理さん公式ホームページ

 

スポーツ医学検定

スポーツ医学検定とは、一般の人を対象にした、身体のことやスポーツによるケガの知識を問う検定です。本検定で得られた知識を、①ケガの予防 ②ケガからの競技復帰 ③競技力の向上に活かせます。
【各級の目安】
■ 3級(ベーシック):身体やスポーツのケガの最も基本的な知識が問われます。スポーツ医学に初めて触れる人は、ここから目指しましょう。(こんな方におすすめ:スポーツ選手自身、成長期の選手の保護者、部活のマネージャー)
■ 2級(アドバンス):身体やスポーツのケガのより詳しくより広い知識が問われます。スポーツを指導する人はここを目指しましょう。(こんな方におすすめ:スポーツ指導者、部活の顧問、スポーツ系/体育系の学生)
■ 1級(マスター):身体やスポーツのケガの専門的な知識が問われます。スポーツメディカルに関わる人はここを目指しましょう。(こんな方におすすめ:スポーツメディカルに関わる人・関わりたいと思っている人)

*初級(ビギナー):ウェブで受検できるスポーツ医学Web検定(初級)では、3級相当の問題が出題されます。トライアルにどうぞ。
スポーツ医学検定公式テキストはこちらへ

 

 

この記事が気に入ったら
いいね!しよう

最新情報をお届けします

Twitter でCoachDigestをフォローしよう!

関連記事

  1. 小林佑弥

    大学2年で早稲田大学を休学しハンドボールの指導者留学。クロアチアで感じた確かな日本との違い

  2. コーチが持つべき「個性とコンセプト」

    コーチが持つべき「個性とコンセプト」

  3. 43146662 - book, stack, laptop.

    あなたは理解できていますか?「文武両道」の本当の意味

  4. コーチングの大切さに気付いたとき

    コーチングを学ぶことの大切さ

  5. 457660 - boys playing soccer

    大学生の選手をどこまでサポートするべきか

  6. 宗田先生画像2

    Dr.大関の複眼インタビュー連載:ジャンパー膝【ドクター・宗田大さん】

  7. 16467375_1123829394393288_1061170703_n

    「すべては『自分で好きといえる「ジブン」になる』ために」 文武両道に魅せられた男の指導哲学と人生哲学…

  8. 「成功が成功を生む」元代表コーチが唱えるウエイトトレーニングの基本

    「成功が成功を生む」元代表コーチが唱えるウエイトトレーニングの基本

  9. 望月さんカバー4

    化学部からラグビー部に。そしてトレーナーに。多くの壁を乗り越えて見えた自分の姿。(前編)

人気記事

  1. 太田さん
  2. Ozeki
  3. 小林佑弥
  4. businessmen-152572_960_720
  5. 不調な時こそ慌てるな!一流選手の「継続論」
  6. 合宿や遠征に必要な準備
  7. 小林佑弥
  8. 小林佑弥
  9. 16467375_1123829394393288_1061170703_n
  10. running-498257_1280
  11. マイケルフェルプス_ 勝つ人と負ける人の「集中」は何が違うのか
  12. 「成功が成功を生む」元代表コーチが唱えるウエイトトレーニングの基本
  13. 「良いケンカ」をしてチームを強くしよう
  14. サッカーコーチに見て欲しいサイト5選
  15. 落ち込んでいるサッカー少年

おすすめ記事

  1. 宗田先生画像2
  2. 16467375_1123829394393288_1061170703_n
  3. Ozeki
  4. 33604641 - children having swimming lesson
  5. 球界を代表する打者「山田哲人」を生み出した真中監督の指導方法とは
  6. 不調な時こそ慌てるな!一流選手の「継続論」
  7. running-498257_1280
  8. 「成功が成功を生む」元代表コーチが唱えるウエイトトレーニングの基本
  9. 選手が目標を決めるとき、コーチには何ができるだろうか
  10. マイケルフェルプス_ 勝つ人と負ける人の「集中」は何が違うのか
PAGE TOP